草島 叶実

概要

誕生

草島叶実。1997年、両親の出身地である北海道で生まれる。転勤の都合で両親はすでに千葉に住んでいたが、北海道に里帰りして出産したため、祖父母も病院にいてくれていたらしい。(千葉にいた父は台風で飛行機が飛ばず、翌日に到着。)

むちむちすぎて手首にごみがたまるほど太っていたらしい

家族みんな喜んではくれたものの、言われることと言えば「パパにそっくり」か「高木ブーに似てる」のどちらかだったらしい。生まれた直後からこの世の不公平さを思い知る。

保育園時代

モンスターかなみの猫かぶり

両親が共働きだったため、このころ昼間は託児所や保育園で過ごすことが多かった。千葉の託児所にいた時、出入り口で靴を脱ごうとしたところ、誰かが出て行った直後の鉄の重たい扉が重みで閉まり、左手小指を挟まれて泣き叫ぶ。すぐに救急車で搬送され指を縫う手術を受けることに。

運良く腕のいいお医者さんに縫われたようで、今も小指は元気に私の左手にくっついている。術後は、救急車に初めて乗ったのが楽しい思い出と化し、「ピーポーはね、後ろから乗るんだよ!」と、しばらく謎の知識自慢をする。

父の転勤で広島へ引っ越してからは、夏の暑さで頭がおかしくなったのか、エレベーターのボタンを自分より母が先に押しただけで癇癪を起こす厄介な子供へと成長。このとき近くに住んでいた二つ下の従兄弟とも気が合わず、一緒に遊ぶたびけんかになっていた。あと好奇心旺盛すぎてマンホールの穴を覗いたりしてたらしい。

またある日は、自転車でカーブの坂道を猛スピードで飛ばしていたところ、道の真ん中に佇むカラスが目に入り、急ブレーキをかけるも前輪のみブレーキがかかったらしく、全身が前方に放り出される。コンクリートの地面に頭を強打、その場で流血。当然、即座に病院行きになり、ホチキスのような医療器具で頭を4針ほど縫う。

頭を縫った後は裏山の穴をつついて遊んでいたが、その穴から銀色の蛇が現れる。人生で初めて生で見た蛇からダッシュで逃げることに成功、命拾い。(毒ヘビだったかどうかは不明)

小・中学校時代

服に興味がないゆえに、母に買ってもらった服を何でもただただそのまま喜んで着ていた。となりは祖母です。

小学校からは横浜で過ごすが、横浜の中でも一度引っ越しをしている。最初の小学校には入学して半年しか在籍せず、一年生の後期からは新居 (=現在の実家)の学区の小学校に移る。

近くのモダンバレエスタジオに通い始めたのもこの頃。母がたまたまタウンページで見つけたスタジオに見学に行き、幼心に気に入ったのでその場で入会させてもらう。発表会すら出たことないうちから「コンクールってどうやったら出れるんですか?」と先生に訊きに行くくらいには怖いもの知らず。

結局、小学3年生の頃から高校卒業までほぼ毎年、年に3回ソロでコンクールに出るようになり、とりあえず場数を踏む。運がいい時には入賞にも手が届くようになる。

その他、学校のスピーチコンテストも委員会も、習い事のピアノも水泳もバトンも演劇もやっていた。なんでもやってみたい性分はこのころから健在。

なぜかわざわざ傘持ってる方の手でピース

小学校卒業後、学区外の生徒を募集していた少人数の中学校へ。英語に力を入れているからということで母が勧めてくれた。なんでもやってみたい私は大して悩まずその中学校を選ぶ。

みんな仲のいい中学だったが、週4回またはそれ以上のダンススタジオ通いと委員会と部活で忙しく、学校と家とスタジオの間を走り回る生活だったので、浮いた話は一切なし。なんなら周りのそういう類の話も滅多に耳に入ってこないので、例えばAさんとBさんが付き合ってたことを別れた後に知るということもよくあった。

高校時代

コンクールにも相変わらず出ていました

中学にいた時には、プロのダンサーになるために留学したいと言うことは自分の中で決まっていたので、「ダンスの授業があって英語が強い公立高校」という条件のもとネットで探していたら、希望にピッタリすぎる高校を横浜市内に発見。高校受験をクリアし晴れて入学。

自分を忙殺するのが当たり前になっていた私は、週6のモダンダンス部、アルバイト、週4のスタジオ通い、各種リハーサル、高校の課題の全てをこなす怒涛のスケジュールで高校三年間を駆け抜ける。

しかもダンス部では気付いたら部長になっていて、12人くらいいた同期のうち8人が文化祭直後にやめるというクーデターが発生。24時間毎日がストレスで部室に入るたびに吐き気がするようになる。が、残った4人の同期といい子たちすぎる後輩ちゃんたちのサポートもあり、メンタルを立て直した私はぐいぐい大会練習を進めるようになる。

結果、部は見事入賞、さらに引退直前の大会でも入賞。諦めずに最後までやりきることの重みと大切さが脊髄に刻み込まれた瞬間。

引退直前、最後の大会の後にダンス部の仲間と

学校内外でいろんなことに手を出しまくっていたが、一回だけ軽く肺炎になった以外はとりあえず無事に乗り切り、充実の高校生活を経て、命からがら卒業。

ちなみに、3月に高校卒業した時は、現在通っているSUNY Purchase College からの合否の連絡がまだ来ていなかったので、卒業式の時は「進路ね〜、留学するか浪人するかのどっちかなんだよね!笑笑」という状態。4月半ばごろに合格通知が来てホッとした。

現在: NYでの大学生活

そんなわけで、今はPurchase College の ダンス学部 (Conservatory of Dance) に在籍している。8月の終わりに始まる秋学期から、三年生になる予定。

一年生の時は、もともとアメリカに知り合いも親戚もゼロの状態で、授業中の英語も同級生の会話もいまいち聞き取れない状況だったので、不安になる暇もなく、「質問しなきゃ!調べなきゃ!覚えなきゃ!」で頭がいっぱいでとにかく必死だった。

今ではもうだいぶ色々なことに慣れて、毎日が楽しい。すてきな人たちとの出会いにも恵まれているし、この学校のカリキュラムも気に入っている。

アメリカの大学を選ぶのは難しい。日本の大学選びと違って、オープンキャンパスに行けるわけでもなく、知り合いからの情報も十分に無いので、転校する人も多い。そんな中で、私は本当にラッキーだと思う。

友達がハロウィンの日にメイクしてくれたり、

普段自分じゃやりません。というかできません。

卒業公演のダンサーとして踊らせてもらったり、

Photo by Alice Chacon

バイトしたり、一緒にご飯食べたり、朝方までテスト勉強したり。大変なことも含めて全部、楽しい。

今はまだ学生ビザなので、学校外に出てダンスで稼ぐことはできないけれど (強制送還されるのでね)、アーティストビザを取ってダンサーとして働くという目標を達成するため、これからもできる限りのことをやって頑張っていきたいと思っている。

最後がなんだか真面目になってしまった、、ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。

もし、わたしにちょっとでも興味を持ってくれた方は、SNSやウェブサイトもチェックしてみてくださいね。できるだけ毎日荒らしたいと思います。
Instagram: @kanami_kusajima
Twitter: @khainnaamtia
Website: Kanami Kusajima
Vimeo: Kanami Kusajima

以上、ユーチューバーにはなれなそうなのでVimeoを操るビメワーになりたい、草島叶実でした。

ではでは。