「心臓の鼓動に合わせて生きる」壮絶な人生を送ってきた路上パフォーマーの常識に囚われない生き方

自分に負荷をかけて、効果を発揮する

ーー路上パフォーマンスと言っても、未経験の状態から人に観てもらうところまで辿り着くまでは大変だったんじゃないですか?

大変でしたね。ホームレスがやってきて、頭からウイスキーかけられたりとか、顔面殴られたりとか、スマホ盗られて道にぶん投げられたりとか、いろんな目に遭いました。ただ、僕は人に笑ってもらうために自分にプレッシャーをかけて、過酷な状況下で効果を発揮できる人間なんです。安定した環境でパフォーマンスをするのができないんですよ。

だから、バケツドラムっていう全く未知のジャンルで、お金もないのに人を驚かせて笑わせるっていう負荷がないと、「この負荷を乗り越えてやるぞ」っていう思いが湧かないんですね。路上パフォーマンスをしている人の中には、「俺の音楽を聴きたい人だけが聴けばいい。」っていう人もいるとは思うんですけど、僕はそう思えないんです。全員に聴いてもらって、全員に覚えて欲しい。そのためには、人はどんなに作り込まれたものよりも、ストーリーのある真実の方に感動するんですよ。僕は人に影響を及ぼしたくて生きてるんで、自分にかけれるだけ負荷かけて、追い込めるだけ追い込んで始めたのが、ダックマンであり、バケツドラムなんです。

ーーバケツドラムで生計を立てれるようになって、自分のエンターテイナーとしての道が定まってきたんですね。

ストリートでバケツドラムをしていると、いろんな人と接する機会が増えました。貧しい人とか、ホームレスとか、子供とか、障害を持っている人とか。バケツドラムは、その人たち全員を同時に笑わせたり、感動させたりすることができたんです。そうなったら、僕が当初目指してたスタンダップコメディアンよりも、やりがいを感じました。お金持ちの社長も、貧しい子供も、全員が通る”道”という場所が、僕のパフォーマンスの舞台だと思いました。

僕のドラムだって最初は下手くそだったんですけど、どんどん上達しました。人ってどんどん成長するんで。「バケツドラムで飯食ってんの?」って驚く人も多いんですけど、実際2ドルもらってから本気で始めたバケツドラムで飯食えてるんですよ。勉強もなんでもそうですけど、最初はできなかったことってどんどんできるようになるじゃないですか?僕は、全くやったことないバケツドラムで、しかも海外で、さらに路上でパフォーマンスしてて、それでも飯が食えるようになる。僕は自分のパフォーマンスを通して、「これだけ負荷があってもできるんだったら、自分も何かやればできるかもしれないな」って思って欲しいんですよ。「この難しさでできるんなら、これくらいで文句言ってられないわ。」って。自分に負荷を与えることによって人に影響を及ぼすっていうのはそういうことです。「あいつでもできてるんだったら、自分でもできるわ」って思ってくれたら、もうそれは僕の勝ちですね。

カナダへ。そしてニューヨークへ。

ーーほぼホームレスになった経験も経て、オーストラリア留学の後にカナダに行かれたんですよね?カナダでのパフォーマンスはオーストラリアと違いましたか?

ワーホリのビザで、カナダに飛んでからも、最初からバケツドラムを始めました。でもそこでも問題があったんですよ。オーストラリアでは路上でもアンプを使うことができて、友達から借りたアンプで音楽を流しながら演奏していたんですが、カナダは路上でアンプを使うことが禁止されているんですね。今までは、ディズニーのエレクトリカルパレードの曲とか流しながら叩いていたんですが、急に音楽が使えなくなったんです。

僕はオーストラリアでもゆるい負荷でやってきたんだなってことに気づいて、アンプを使えないのもいい負荷だと思って、バケツドラム一本でやり始めたんですよ。でも、バケツドラムだけで旋律を奏でないといけないのってめちゃくちゃ難しくて、最初の一週間は全然稼げませんでした。カナダでは、一ヶ月600ドルくらいの家を借りたんですが、デポジットと家賃を払ったら、またすっからかんになっちゃって。

ーーワーホリのビザで働いたりはしなかったんですか?

実際は、普通に働くことだってできたんですが、ワーホリはあくまで最終手段にして、バケツドラムだけを続けたんですよ。お金を稼げなくてもパフォーマンスを続けるのもエンターテイメントになるって思って、冬のマイナス20度の極寒の中でも、外でバケツを叩いていました。最初は、その日の飯代くらいしか稼げなかったんですが、2ヶ月目から本当にバケツドラムだけで上達してきて、実際稼げるようにもなってきたんです。そうなると、カナダがだんだん居心地のいい国になってきて。みんなからダックマーンって呼ばれるようになったり、プレゼントをもらえたり、誕生日にケーキをもらったりと、街のヒーローみたいになりました。喜ばしいことなんですが、同時に自分にかかる負荷がどんどん減っていくから、僕は「やばい!負荷がない!負荷がない!!」ってなってきて、ニューヨークに負荷を求めてきました。

ーー安定した環境に身を置けないんですね(笑)ニューヨークは、多くの路上パフォーマーもいて競合も多いと思うんですが、実際どうですか?

やっぱり、ニューヨークは競争率が高いですね。でも正直いうと、僕の求めてた負荷には到底及ばないです(笑)まだカナダよりは全然稼げないですけど、週5でやれば生きていけるし、ニューヨーカーは優しいんです。アメリカは「すごいと思ったものは賞賛して、ひどいと思ったものは相手にされない」っていう文化の土壌があるんで、僕がバケツドラムで生活できるってことは、僕のパフォーマンスのレベルがアメリカの路上では十分通用するなって思いました。全然負荷が足りないです。これじゃ全然生きていけちゃうよって感じ(笑)

ーーすごい順応力ですね。シドニー、カナダ、ニューヨークと世界各地の路上で演奏をしてきた訳ですが、危険な目にあったことはないんですか。

カナダでパフォーマンスをしている時に、ブラウン系の外国人に「自分もジャズバーでドラムをやってるんだけど、電子ドラムを組み立てるのを手伝って欲しい」って話しかけられたことがあったんですね。それでパフォーマンス終わりにその男の人について行ったんです。ところが連れて行かれたのが、ジャズバーではなくその男の部屋で、入った瞬間変な匂いがしたんですよ。それから、2mくらいの身長の黒人2人が出てきて、いきなり「お前何使ってるんだ?」ってすごい怖い感じで聞かれました。僕はドラムスティックのことかなと思って、自分が使ってるスティックの話をしたら「とぼけるな!!」って怒鳴られて、急に銃口を頭に突きつけられたんです。

ーーえ!銃ですか。怖すぎる・・・。

はい。実銃です。もう1人の男はナイフを取り出して、もう一度「何使ってるか教えろ!」と尋ねられました。「何使ってるって何の話だよ」と言ったら、「お前バスキングでハイテンションで演奏してるけど、なんかドラッグやってんだろ。お前が使ってるドラッグを教えろ!」って言われたんです。言われてみれば、僕バスキング中にめちゃめちゃハイテンションで叫んだり、子供を笑わせるために道でクロールしてたりするんですよ。その調子で平気で8時間とか演奏しっぱなしだし、最高13時間演奏してたこともあるんですよ。だから、それを見てた黒人に「あのテンションで生きていける人間なんているはずがない。ドラッグがあるなら教えて欲しい。」って言われたんです。

ーーやばいじゃないですか。確認ですけど、ドラッグやってるわけではないですよね?(笑)

やってないです!やってないです!(笑)結局、いくらドラッグなんかやってないと言っても信じてくれなくて、額に突きつけられた銃をカチャってやられたんですね。「これマーベル映画で観たことある!!」って思ったのと、同時に「冷たっ!銃口ってひんやりするんだな」って思いました。でも、何とか凌がなきゃと思って「金曜日の朝3時に学校の前でクスリの取引してるの見た事あるよ」ってとっさの嘘をついたんです。そしたら、「それだけかよ!」って言われて解放されました。でもその後も、僕の名刺を取られてたんで、毎日いくら着拒しても違う番号から大量の電話がかかってきて大変でした。それが一番危ない思いをした事です。

ーーいやー本当に、ギリギリで生きてますね。いつ死んでもおかしくないですよ(笑)

ま、死ぬ時が死ぬ時だと思ってるんで(笑)

ABOUTこの記事をかいた人

taito.katsumata.hoteling@gmail.com

勝俣泰斗 HOTDOG TIMES共同編集長。大学2年次に、ニューヨーク州立大学を成績不振で退学。帰国後の2年間、旅企画の引率や東京のゲストハウスの運営を経て、同大学に再入学。好きな食べ物はホットドックかと思いきや、ハンバーガー。